
ランボルギーニ ミウラは、エンジンを運転席の後ろに横向きに積んだ、最初の市販スーパーカーです。
1966年に登場し、それまで「速い車=エンジンは前」だった常識を、1台でひっくり返しました。
3,929ccのV型12気筒を横置きで真ん中に載せる。この配置はレースカーのものであって、公道用の車がやることではありませんでした。
ミウラのあとに出てきたスーパーカーが、ほぼ全部この配置になっています。
グランツーリスモ7には「ランボルギーニ ミウラ P400 Bertone Prototype '67」として収録されています。
この車名の「Bertone Prototype」は飾りではありません。GT7に入っているのは、量産に入る前に作られた試作車のうち、いま世界で唯一残っている個体です。
この記事では、横置きV12がどこから来たのか、ジュネーブの舞台裏で何が起きていたのか、GT7の1台がなぜその試作車なのか、中古相場とGT7での走らせ方まで、順に見ていきます。
※収録内容はアップデートで変わることがあります。最新は公式サイトでご確認ください。
エンジンの置き場所を変えただけの車
ミウラがやったことは、ひとことで言えばエンジンの置き場所を変えたことだけです。
それだけのことが、なぜスーパーカーという言葉を生むほどの出来事になったのか。順番に見ていきます。
①|きっかけは、社長に内緒で作られた
ランボルギーニは1963年に生まれた自動車メーカーです。創業者のフェルッチオ・ランボルギーニは、もともとトラクターで成功した実業家でした。
フェルッチオが作りたかったのは、静かで快適な高級グランツーリスモです。レースには興味がありませんでした。
ところが社内には、若い技術者がそろっていました。ジャンパオロ・ダラーラ、パオロ・スタンツァーニ、そしてテストドライバーのボブ・ウォレス。
この3人が、通常業務の外側で、レースカーのような車台を組み上げていきます。
この車台が公になったのが、1965年のトリノショーでした。
そこに並んでいたのはボディのない裸のシャシーです。それでも、エンジンが横向きに真ん中へ収まっている姿を見た来場者の反応は大きなものでした。
②|横置きV12という答え
ミッドシップの問題は、長さです。
V12エンジンは長い。運転席の後ろに前後方向で置くと、そのぶんホイールベースが伸びて、車が大きくなります。
ミウラの答えは横向きに置くことでした。
エンジンを90度回して車体に対して横向きに載せると、長さのぶんが車幅に収まります。全長を伸ばさずにV12を真ん中へ入れられます。
この配置には、もう一段の割り切りがありました。
エンジンと変速機を一体で鋳造し、オイルを共用するという設計です。ミニの横置きレイアウトと同じ考え方を、V12でやったことになります。
部品数は減り、まとまりは良くなります。そのかわり、エンジンに向いたオイルと変速機に向いたオイルは性質が違うので、どちらかに合わせるしかありません。
この共用は長く続き、最後の96台のSVでようやくケースが分割されて、別々のオイルを使えるようになりました。
③|1966年ジュネーブ、ボンネットは開かなかった
トリノでの反応を受けて、ボディのデザインはカロッツェリア・ベルトーネに任されます。ヌッチオ・ベルトーネが担当に指名したのが、当時20代のマルチェロ・ガンディーニでした。
完成したボディを載せた試作車が公開されたのが、1966年のジュネーブモーターショーです。
ここで、ひとつの逸話が残っています。
車はショーの数日前にようやく形になったところで、エンジンが実際にエンジンルームへ収まるかどうかを誰も確認できていませんでした。
そこで取られた対応が、エンジンを積まないままショーに出すというものです。エンジンルームにはバラスト(重り)を詰め、ボンネットは会期中ずっと施錠されたままでした。
ジャーナリストは中を見られませんでした。それでも評価は圧倒的で、フェルッチオは量産に踏み切ります。
レースをやらない方針で始まった会社が、レースカーの配置を積んだ市販車を出すことになりました。
④|名前は、闘牛の牧場から
ミウラ(Miura)という名前は、車の性能とは関係がありません。
スペインの闘牛を育てる牧場主の名前から取られています。
ランボルギーニの車名に闘牛が多いのはここが起点です。牡牛のエンブレムも、フェルッチオ自身の星座が牡牛座であることと合わせて、この時期に定着していきました。
⑤|数字で見るミウラ P400
量産型のミウラ P400(1966〜1969年)の主なスペックです。
| 項目 | ミウラ P400 |
|---|---|
| エンジン | 3,929cc 60度 V型12気筒 自然吸気 |
| 搭載位置 | ミッドシップ・横置き |
| 最高出力 | 350PS/7,000rpm |
| 駆動方式 | MR(後輪駆動) |
| 車重 | 1,125kg |
| 最高速度 | 公称300km/h・実測275km/h |
| 0-60mph | 7.0秒 |
| 生産台数 | 275台(1966〜1969年) |
最高速度の数字が2つ並んでいるのは、書き間違いではありません。
メーカーの公称値は300km/hで、実際に計測された値は275km/hでした。当時のカタログ値は、条件を整えた理論値が入ることが珍しくありません。25km/hの差は、そのまま当時の公称値の読み方を表しています。
ミウラはこのあと改良を重ねます。
| モデル | 期間 | 出力 | 生産台数 |
|---|---|---|---|
| P400 | 1966〜1969年 | 350PS | 275台 |
| P400 S | 1968年12月〜1971年3月 | +20PS(370PS) | 約338台 |
| P400 SV | 1971年〜 | 385PS/7,850rpm | 150台 |
3つを合わせても763台前後です。
いまのスーパーカーが1車種で数千台作られることを考えると、ミウラは最初から数の少ない車でした。
⑥|速度を上げると、前が軽くなった
ミウラには、当時から指摘されていた弱点があります。
高速域でフロントが浮きやすいという性質です。
エンジンとギアボックスをまとめて後ろに積んだ結果、重さが後方に寄っています。加えて、ボンネットの下は燃料タンクとスペアタイヤが入る空間で、前側は軽い。
速度が上がるとボディの下を空気が流れ、前が持ち上がる方向に力が働きます。
この性質は後年のモデルで手が入りますが、ミウラは「置き場所を変えるとどうなるか」を、良い面も悪い面も含めて世に出した最初の車でした。
ミッドシップの重量配分をどう扱うかという課題は、ここから半世紀ぶんの宿題になります。
⑦|ガンディーニが与えた「まつげ」と、前後に開く殻
ミウラの形は、いま見ても古びていません。デザインを担当したマルチェロ・ガンディーニは、この時点で20代でした。
特徴的な部分を3つ挙げます。
まつげ(ciglia)
リトラクタブルのヘッドライトのまわりに、放射状の切り込みが並んでいます。イタリア語で「まつげ」と呼ばれた部分です。
この切り込みには冷却などの機能はありません。見た目のためだけに付けられた造形で、そのぶんミウラの顔を一目で分かるものにしました。
SVでまつげは消えた
P400とSにはまつげがありますが、最後のSVでは付けられなくなりました。組み付けにきれいに合わせる手間がかかることを嫌ったフェルッチオ・ランボルギーニが、装着をやめるよう指示したと伝えられています。
例外はフェルッチオ自身のSVで、この個体にはまつげが残っています。
前後が丸ごと開く
ボンネットもエンジンフードも、部分的な蓋ではありません。フェンダーごと持ち上がる殻のような開き方をします。
後ろ側のフードにはスリットが並んでいて、熱を抜く機能と見た目の主張を同時に担っています。整備のときに前後を開けると、機械がほとんど剥き出しになります。
GT7に入っているのは、世界で最も古いミウラ
ここからが、この車の話でいちばんおもしろい部分です。
GT7の車名は「ミウラ P400 Bertone Prototype '67」です。
ふつう「プロトタイプ」と付いていたら、量産前の試作車という一般名詞に見えます。ところがこの車の場合、指しているのは特定の1台です。
車台番号0706という個体
GT7に収録されているのは、車台番号0706という個体です。
- 最初に作られた5台のうちの2台目にあたる、前量産の試作車
- 最初の試作車が失われているため、現存するミウラのなかで最も古い1台
- 色はジャッロ・ソーレ(Giallo Sole)と呼ばれる黄色
- 1967年10月のパリサロンに出展され、その往復をボブ・ウォレスが自走で運んだ
- 新車のときからマリオット家が保有し、一度も塗り直されていない。加えられた変更は消火装置の設置のみ
レストア(修復)を受けていない、という点が効いています。
1967年に塗られた塗装がそのまま残っている車は、この年代のイタリア車ではほとんど残っていません。
2008年ペブルビーチと、山内一典の選択
この0706が表舞台に出たのが、2008年のペブルビーチ・コンクール・デレガンスでした。
アメリカで開かれる、世界でも最上位のクラシックカーの品評会です。
この年、コンクールに7年ぶりの新設部門が加わりました。グランツーリスモの名を冠した賞、ガランツーリスモ・トロフィー(ポリフォニー・デジタル・トロフィー)です。
選定にあたったのは、グランツーリスモのプロデューサーである山内一典でした。
その第1回で選ばれたのが、この1967年のミウラ P400 ベルトーネ・プロトタイプです。
当時のオーナーはマリオット・インターナショナルの創業者、J.W.マリオットでした。
山内一典は、この個体が「量産に入る前に作られたプロトタイプのうち、現存する唯一の車」であることを理由に選定した。
グランツーリスモ公式サイト「Polyphony Digital Trophy Awarded at Pebble Beach Concours d'Elegance」より要約
つまりGT7の収録車は、ゲームの制作者が実際に現地で選び、賞を贈った、その車そのものということになります。
車名の「Bertone Prototype」は、車種の説明ではなく個体の名前でした。
980kgという車重の読み方
GT7でミウラを買うと、車重は980kgと表示されます。
一方、量産型ミウラ P400の車重は1,125kgです。145kgの差があります。
この差をどう読むかは、資料によって説明が分かれます。はっきりしているのは次の2点です。
- GT7に入っているのは量産型ではなく前量産の試作車であり、試作段階の車体には0.8mm厚の薄い鋼板が使われていた記録がある
- ゲーム内の車重表記は、資料により乾燥重量に近い基準で入ることがあり、装備込みの実測値とは前提が異なる
どちらか一方だけが理由と断定できる材料はありません。
ただ、980kgと1,125kgのどちらもミウラの数字であるという点は押さえておくと、他のサイトの表記と食い違ったときに迷わずに済みます。
GT7上のスペック
| 項目 | GT7の表示 |
|---|---|
| 車名 | ミウラ P400 Bertone Prototype '67 |
| PP | 559.20 |
| 出力 | 354PS |
| 車重 | 980kg |
| 駆動方式 | MR |
| 吸気 | NA(自然吸気) |
| 排気量 | 3,929cc |
| 入手先 | レジェンドカーディーラー |
※PPは公式の収録車種一覧(2026年8月時点)の数値です。攻略データベースでは563.03と記載されることがありますが、これは計測した時期とアップデートの違いによるものです。出力を349BHPと書いている資料もありますが、これはPSとBHPという単位の違いで、同じ数字を指しています。
レジェンドカーディーラーでの取り扱いなので、いつでも買えるわけではありません。並ぶのを待つ必要があります。
クレジット価格は実車の相場に連動して動くため、この記事では固定の金額を書いていません。実際に並んだときの表示価格をご確認ください。
GT7のミッドシップV12を、4台並べる
GT7に収録されているランボルギーニ11台のうち、後輪駆動なのは4台だけです。
いずれも2000年までに作られた車で、2008年のガヤルド以降はすべて4WDになります。ミウラはその4台の先頭にいます。
| 車名 | 年式 | PP | 出力 | 車重 | 1PSあたり |
|---|---|---|---|---|---|
| ミウラ P400 Bertone Prototype | 1967 | 559.20 | 354PS | 980kg | 2.77kg |
| カウンタック LP400 | 1974 | 544.85 | 379PS | 1,065kg | 2.81kg |
| カウンタック 25th Anniversary | 1988 | 522.02 | 456PS | 1,490kg | 3.27kg |
| ディアブロ GT | 2000 | 557.74 | 580PS | 1,490kg | 2.57kg |
表を上から下へ見ると、出力は354PSから580PSまで増えているのに、PPはほとんど上がっていません。
1967年のミウラが559.20で、33年後のディアブロGTが557.74。この2台のPPは、ほぼ並んでいます。
差を作っているのは車重です。
ミウラとカウンタックLP400は1トン前後ですが、25thとディアブロGTは1,490kgあります。1970年代の2台と1980年代以降の2台のあいだに、400kg以上の段差があります。
とくにカウンタック25thは、456PSを積みながらPPが522.02で4台の最下位です。
ミウラより102PS多いのに、510kg重い。増やした出力を、増えた重さが打ち消しています。
4台を同じレースに出すなら、PPが近いミウラとディアブロGTを組み合わせるのが素直です。
ただし性格は正反対で、580PSを1,490kgで扱うディアブロGTと、354PSを980kgで扱うミウラでは、同じ1周でも忙しくなる場所が変わります。
数の少なさが、そのまま値段になっている
ミウラの実車価格は、いまや個人が気軽に手を出せる範囲を離れています。
直近の取引と、ここ数年の分布を並べます。
| 時期・出品 | 金額 |
|---|---|
| 2025年1月/ボナムズ スコッツデール(1967年 P400) | 見積 220万〜280万米ドル |
| 2025年11月/RMサザビーズ(P400) | 落札 1,298,750英ポンド |
| 2020年以降の分布(中央値) | 約1,247,586英ポンド |
| 2020年以降の分布(安値〜高値) | 478,850〜2,248,260英ポンド |
| 成約率 | 約74% |
日本円に直すとおおむね2億円から4億円規模ですが、為替でも動くため幅で見てください。
同じミウラでも、P400・S・SVという型の違い、来歴、修復の有無で金額が大きく変わります。
分布の安値と高値で4倍以上の開きがあるのは、この車が「型式が同じなら同じ値段」という買われ方をしていないことを示しています。
GT7に入っている0706のような、来歴が特定できて手が入っていない個体は、この分布の外側で扱われます。
同じミウラで4倍以上の開きが出る理由
2020年以降の分布は、安値が約47万英ポンド、高値が約224万英ポンドでした。同じ車名で4倍以上の開きがあります。
この幅を作っている要素は、おおむね次の4つに整理できます。
- 型の違い:P400・S・SVで作られた台数も性能も違います。150台しかないSVは、275台のP400より上に置かれます
- マッチングナンバー:車台とエンジンが工場出荷時の組み合わせのまま残っているかどうか。載せ替えがあると評価が下がります
- 来歴(ヒストリー):新車からの所有者がたどれるか、記録簿が揃っているか。有名なオーナーやイベント出展歴があると上に振れます
- 修復の程度:全塗装や大がかりなレストアを受けた個体より、当時のまま残っている個体のほうが評価されます
4つ目が、GT7に収録された0706が特別な理由です。
この個体は新車から一度も塗り直されていないうえに、現存するミウラのなかで最も古い。上の分布のなかに置いて比べる相手が、そもそも存在しません。
日本で購入を検討する場合は、これに輸入・登録の手続きと、維持を任せられる工場の確保が加わります。
金額そのものより、買ったあとに面倒を見られる体制があるかどうかが先に問われる車です。
※中古相場は時期・個体の状態・為替によって変動します。最新の落札実績は各オークションハウスの公式サイトでご確認ください。
354馬力を、980kgと1967年の足で受け止める
GT7のミウラは、数字だけ見れば穏やかです。354PSは現代の車なら中間クラスに収まります。
それでも走らせると手強いのは、その354PSを受け止める側が1967年の設計だからです。
コツ1|ブレーキを早めに、まっすぐ終わらせる
980kgは軽いので止まる距離は短くなります。ただし前が軽い車なので、ブレーキを残したままハンドルを切ると前のグリップが足りなくなります。曲がり始める前に減速を終えておくと安定します。
コツ2|アクセルは開ける速さで調整する
MRで後輪だけが駆動します。車体が軽いぶん、踏んだ量がそのまま挙動に出ます。踏む量そのものより、どのくらいの速さで開けるかで挙動が決まります。
コツ3|高速コーナーでは前を信用しすぎない
実車で指摘されていた高速域のフロントの軽さは、ゲームでも操作感として残ります。速度が高いコーナーほど、舵を当てる量を少なめにして待つほうが結果が良くなります。
コツ4|同年代の車と走らせる
PP559.20は、GT7のランボルギーニ11台のなかでは中位です。年式の近い車と混ぜたほうが、この車の性格が分かりやすくなります。
どこで走らせると、この車らしくなるか
ミウラは、直線の長いコースだと持ち味が出にくい車です。354PSでは、現代寄りの車に直線で並べません。
向いているのは中低速のコーナーが続くコースで、980kgという軽さがそのまま向きの変わりやすさとして効いてきます。
GT7のなかでは、年式をそろえたレースに持ち込むのが分かりやすい使い方です。クラシックカーを対象にしたイベントや、PPの上限が560前後に設定された枠であれば、素の状態のまま参加できます。
PP559.20は、チューニングを入れずに使える数字としてちょうど扱いやすい位置にあります。
タイヤを上げると数字は伸びますが、この車の性格は当時の接地感を残したままのほうが分かりやすくなります。
まずは買ったままの状態で数周してみて、前が軽くなる感覚を確かめてから手を入れるかどうかを決めるのがおすすめです。
駆動方式やエンジン形式ごとの特徴は、まとめ記事でも解説しています。
🎮 まとめGT7のMR(ミッドシップ)車まとめエンジンを真ん中に積んだ車の性格を、収録車から読み解きます。 🎮 まとめGT7のV型12気筒車まとめ12気筒を積む収録車を一覧で見比べられます。開ける速さは、足でしか作れない
ミウラのようにアクセルを開ける速さで挙動が決まる車は、入力の細かさがそのままタイムに出ます。
コントローラーのトリガーでも走れますが、指の可動域は数センチしかありません。
ペダルなら、足首の角度で開け方を作れます。「少しずつ開ける」を意図してできるようになると、後輪駆動の軽い車の乗り方が変わります。
ハンドルも同じで、舵を当てる量を少なめに保つ操作は、手で角度を持てるほうが作りやすくなります。
<まず必須>これがあれば、すぐにGT7で走り出せる
GT7を遊ぶ土台です。
PS5本体・GT7ソフト・ディスクドライブがあれば走り出せます。
さらにハンコンを足せば、"自分でハンドルを握る"運転体験に。
<あるとより実車に近づく>足すほど没入感が一段ずつ上がる
ここから先は"より実車に近づく"ための投資。
コックピットで姿勢が決まり、シフトで操作感が増し、VRで視界ごと没入できます。
※機材価格・在庫は時期・モデルによって変わります。最新の金額は各販売店でご確認ください。
🕹️ 機材GT7おすすめハンコン比較予算別に選び方をまとめています。実車を追いかける vs ゲームで乗る
① 実車のミウラを維持する場合の年間目安
まず車両を手に入れるところが最大の壁になります。そのうえで、1960年代のイタリア製V12を日本で維持するとどうなるかを費目ごとに並べます。
| 項目 | 年間の目安 |
|---|---|
| 自動車税(3.9L級・年式により重課) | 約8〜11万円 |
| 任意保険(希少車・車両保険は要相談) | 約20〜60万円 |
| 車検・法定整備(旧車専門店前提) | 約20〜50万円 |
| 整備・部品(V12・専用部品・工賃) | 約50〜200万円 |
| 保管(定温・定湿の屋内保管が前提) | 約30〜80万円 |
| 燃料・タイヤ・消耗品 | 約15〜40万円 |
| 年間合計(目安) | 約143〜441万円 |
ここに車両の購入費として2億円規模が乗ります。
加えて、部品の入手そのものが調達力の問題になるため、維持できる工場を見つけられるかどうかが費用より先に来ます。
② GT7で味わう場合の機材コスト
| 機材 | 価格の目安 |
|---|---|
| PS5本体 | 約6.6〜8万円 |
| グランツーリスモ7(ソフト) | 約6,000〜9,000円 |
| 車両購入(レジェンドカーディーラー) | プレイ内で稼げば実質0円 |
| ハンドルコントローラー(エントリー) | 約2.5〜4万円 |
| レーシングコックピット(任意) | 約2〜5万円 |
| 一式(目安) | 初期 約9〜17万円+以降ほぼ0 |
一度そろえれば、あとは電気代くらいです。部品を探す必要も、保管場所を用意する必要もありません。
③ 結論
- 実車:車両2億円規模 + 毎年およそ143〜441万円
- ゲーム:初期9〜17万円 + 以降ほぼ0(車両はゲーム内で入手)
ミウラは、お金があっても現物にたどり着けるとは限らない側の車です。現存数が限られ、来歴のある個体はオークションに出た時点で争われます。GT7は、その1台の挙動を機材一式の範囲で確かめられる場所になります。
しかも収録されているのは量産型ではなく、世界で最も古い現存個体そのものです。
実車のほうは博物館級の扱いになっているため、現実には走らせる機会がほぼない車を走らせられるという点で、この1台はGT7の性格をよく表しています。
「GT7をきっかけに、軽くて速いスポーツカーに興味が出た」。そんな方こそ、いま乗っている愛車の"本当の価値"を知っておきませんか。中古車相場が動いている今は、手放す側にとっても追い風です。
※査定額・中古相場は車種・年式・走行距離・時期によって変動します。実際の金額は査定でご確認ください。
日本で現物に会える機会
ミウラは日本国内にも個体がありますが、常設で見られる場所は多くありません。
会える可能性が高いのは、クラシックカーが集まるイベントのほうです。
- オートモビル カウンシル(幕張メッセ):ヒストリックカーを扱う販売店やメーカーが出展し、年式の古いスーパーカーが並ぶことがあります
- コンコルソ・デレガンツァ系のイベント:来歴のある個体が招待展示される形式で、ミウラ級の車が出てくる余地があります
- 輸入車ディーラー・専門店のショールーム:ヒストリックカーを扱う店舗に在庫として並ぶことがあります
- スーパーカーのオーナーズミーティング:走行状態の個体を、動いている姿で見られる可能性があります
いずれも「毎年ミウラが来る」と決まっているものではありません。
出展車両は開催ごとに変わるため、目当てがあるときは各イベントの出展リストを事前に確認してください。
現物を前にすると、写真では伝わりにくい部分に気づきます。
全高は1,100mm前後しかなく、立っている大人の腰の高さに屋根があるような見え方になります。横置きV12を収めた後ろ半分の厚みも、正面からは想像しにくい部分です。
※イベントの開催内容・出展車両は年により変わります。訪問・観覧前に各公式サイトでご確認ください。
『ミニミニ大作戦』の冒頭を走るオレンジのミウラ
ミウラが世界中に知られた理由の一部は、映画にあります。
1969年の『ミニミニ大作戦』(The Italian Job)の冒頭に出てくる、オレンジのミウラです。
舞台はアルプスのグラン・サン・ベルナール峠。ロッサノ・ブラッツィ演じる主人公が、アランチョ・ミウラと呼ばれるオレンジのミウラで山道を駆け上がっていきます。
この数分間が、当時の観客にミウラの形と音を焼き付けました。
走る車と、壊される車は別だった
撮影では2台のミウラが使われています。
- 走行シーン用:組み立て途中だったオレンジのP400を工場から持ち出したもの。ランボルギーニのテストドライバー、エンツォ・モルッツィが現場へ運び、劇中の運転も担当しました
- 事故シーン用:すでに事故で壊れていた別のミウラの外殻。走行用の個体は壊されていません
走行用の車には、撮影の都合で内装に手が入っていました。白い革シートを一時的に外して黒いシートに替えたものの、白いヘッドレストだけは固定されていて外せず、そのまま映っています。
いま見返すと、シートとヘッドレストの色が合っていないのが分かります。
50年後に見つかった
この撮影車は長く行方が分からなくなっていました。
2019年、ランボルギーニの正史部門であるポロ・ストリコが調査を行い、車台番号3586の個体が『ミニミニ大作戦』で使われた車であると特定し、認定しています。
※資料によっては撮影車をP400 Sとする記述もあります。ここではランボルギーニ・ポロ・ストリコによる認定内容にもとづいて記載しています。
手元に置いて楽しむ|ミウラのモデルカー
実車に会える機会が限られるぶん、ミウラは模型で形を確かめる価値が大きい車です。
低く長いノーズ、屋根から後ろへ一気に落ちるライン、そして「まつげ」と呼ばれたヘッドライト周りの造形。手元に置くと、写真で見るより起伏がはっきり分かります。
下のモデルは1/12スケールで、ミニカーとしてはかなり大きい部類に入ります。このサイズになると、横置きV12を収めるために後ろ半分がどれだけ厚くなっているかまで再現されます。
ただし再現しているのはP400 Sで、GT7に収録されている試作車(Bertone Prototype)とは年式と仕様が異なります。選ぶときに確認してください。
棚に置いて、横置きV12という無理な配置がどんな形になったのかを確かめてみてください。
1/12は置き場所を選ぶサイズなので、置く場所を決めてから検討することをおすすめします。
ミウラの立ち位置を、他の車と並べて確かめる本
ミウラ1台を扱った日本語の書籍は、多くが絶版になっています。
そのかわり、同じ系譜の車を横に並べた図鑑を開くと、この車が何を始めたのかが見えやすくなります。
ミウラのあとに出てきたスーパーカーは、ほとんどがミッドシップです。
ミウラが始めた配置を、その後の何台が受け継いだのか。数字で見るより、並べて見るほうが早く分かります。下の図鑑は世界の高性能車を150台まとめたもので、ミウラの掲載を保証するものではありませんが、前後の時代と見比べる下敷きとして使えます。
ランボルギーニ ミウラのよくある質問
Q. ミウラの「P400」は何を意味しますか?
A. Pはイタリア語のPosteriore(後方)の頭文字で、エンジンを運転席の後ろに積んでいることを表します。400は排気量で、3,929ccを約4リッターとして丸めた数字です。のちのムルシエラゴLP640などでは同じ位置の数字が馬力を指すようになりますが、ミウラP400とカウンタックLP400の400は排気量を指しています。
Q. ミウラはなぜエンジンを横向きに積んでいるのですか?
A. V12エンジンが長いためです。前後方向で運転席の後ろに積むとホイールベースが伸びて車体が大きくなります。90度回して横向きに載せると、エンジンの長さが車幅の側に収まるため、全長を伸ばさずにミッドシップにできます。この配置のために、エンジンと変速機を一体で鋳造してオイルを共用する設計が採られました。
Q. GT7に入っているミウラは、量産型とは違う車なのですか?
A. 違います。GT7に収録されているのは「ミウラ P400 Bertone Prototype '67」で、量産に入る前に作られた試作車です。車台番号0706という個体で、最初に作られた5台のうちの2台目にあたります。最初の試作車が失われているため、現存するミウラのなかで最も古い1台になります。
Q. GT7の車重980kgと、実車の1,125kgはどちらが正しいのですか?
A. どちらもミウラの数字です。GT7に収録されているのは量産型ではなく前量産の試作車で、試作段階の車体には0.8mm厚の薄い鋼板が使われていた記録があります。またゲーム内の車重表記は乾燥重量に近い基準で入ることがあり、装備込みの実測値とは前提が異なります。資料によって説明が分かれるため、この記事では両方の数字を併記しています。
Q. ミウラは何台作られたのですか?
A. P400が275台(1966〜1969年)、P400 Sが約338台(1968年12月〜1971年3月)、P400 SVが150台です。3つを合わせて763台前後になります。現在のスーパーカーが1車種で数千台作られることを考えると、ミウラは最初から数の少ない車でした。
Q. ミウラの最高速度が300km/hと275km/hの2つあるのはなぜですか?
A. 300km/hがメーカーの公称値で、275km/hが実際に計測された値です。当時のカタログ値には条件を整えた理論値が入ることが珍しくなく、25km/hの差はそのまま当時の公称値の読み方を表しています。
Q. 1966年のジュネーブで、ミウラはエンジンを積んでいなかったというのは本当ですか?
A. 本当です。車はショーの数日前にようやく形になったところで、エンジンがエンジンルームに収まるかどうかを確認できていませんでした。そのためエンジンを積まずにバラストを詰め、会期中はボンネットを施錠したまま展示しています。それでも評価は高く、量産が決まりました。
Q. GT7でミウラはどこで買えますか?
A. レジェンドカーディーラーで取り扱われます。いつでも並んでいるわけではないため、入れ替わりを待つ必要があります。クレジット価格はレジェンドカーと中古車については実車の相場に連動して動くため、時期によって金額が変わります。
Q. ミウラの弱点は何でしたか?
A. 高速域でフロントが浮きやすいことです。エンジンと変速機をまとめて後ろに積んだために重さが後方へ寄り、ボンネットの下は燃料タンクとスペアタイヤの空間で前側が軽くなっています。速度が上がるとボディの下を流れる空気で前が持ち上がる方向に力が働きます。この性質はGT7でも操作感として残っています。
Q. ミウラとカウンタックはどちらが先に作られたのですか?
A. ミウラが先です。ミウラは1966年のジュネーブモーターショーで発表され、1966年から1969年にかけてP400が作られました。カウンタックの登場は1971年で、GT7に収録されているカウンタックLP400は1974年式です。ミウラが横置きV12だったのに対し、カウンタックはV12を縦置きに戻したうえで変速機を前に出す配置に変わっています。
置き場所を変えた1台が、その後を全部決めた
- ミウラは最初の市販ミッドシップ・スーパーカー。3,929ccのV12を運転席の後ろに横向きで積んだ
- 横置きの代償はオイルの共用。エンジンと変速機を一体鋳造し、最後の96台のSVでようやくケースが分割された
- 1966年ジュネーブの試作車はエンジンを積んでいなかった。バラストを詰めてボンネットを施錠したまま展示し、それでも量産が決まった
- 生産は3型あわせて763台前後。P400が275台、Sが約338台、SVが150台
- GT7の1台は車台番号0706。現存する最古のミウラで、新車から一度も塗り直されていない
- 2008年ペブルビーチで、山内一典がこの個体にガランツーリスモ・トロフィーを贈った。賞が先にあって、その車がゲームに入った
- GT7ではPP559.20・354PS・980kg。レジェンドカーディーラーで入れ替わりを待つ
ミウラがやったことは、エンジンの置き場所を変えたことだけです。
そのあとに出てきたスーパーカーが、ほぼ全部その配置になりました。1台の車が業界の標準を決めた例として、これ以上わかりやすいものはそう多くありません。
GT7で走らせると、354PSという穏やかな数字の裏側に、1967年の足まわりがあることが分かります。
踏めば前に出る車ではありません。開ける速さを自分で作れたときだけ、前に出ます。
レジェンドカーディーラーに並んでいるのを見かけたら、一度手に取ってみてください。
実車のほうは、いまや走らせる機会そのものがほとんどない1台です。







